・岡田ジャパン岡田武史監督初のJリーグ監督は「コンサドーレ札幌」でした。
現サッカー日本代表監督である岡田武史監督。
岡田監督はJリーグの監督経験が全く無く(ジェフ市原でコーチには就いていました)。
いきなり日本代表監督になりました。
ご存知のように1998年のフランス・サッカー・ワールドカップ、アジア地区予選。
日本は加茂周監督の下、大変苦しい戦いを強いられていました。
既に本大会進出を決めていた韓国との試合に負けると、本大会進出が出来なくなるという最悪の状態にありました。
若手の選手を中心とした韓国は消化試合でもありますので、適当なところで日本に勝ちを譲ってくれました。
加茂監督は更迭され、当時日本代表のコーチをしていた岡田氏が臨時監督に就任。
そしてアジア地区最終予選の最終試合の対イラン戦。
場所はシンガポール、ジョホーバル。
試合は延長戦の末、当時浦和レッズに在籍していた「野人」こと岡野のVゴールで辛くも本大会出場決定。
そのまま岡田監督は日本代表としてフランスのワールドカップにのぞむ。
残念ながら3戦全敗と結果を残すことは出来ませんでした。
そして1999年、前年J1陥落したJ2「コンサドーレ札幌」の監督に就任。
1年目のシーズンは5位に甘んじました。
「コンサドーレ札幌」は累積赤字も30億ほどに膨らみ、J1復帰を何としても実現させなくてはならない状態。
そして、向かえた2年目の2000年には自らブラジルに出かけ、外国人選手発掘を行いました。
その甲斐もありFCサンパウロより若手のFWエメルソンを期限付きで獲得。
エメルソンは期待に答え34試合で31得点と大活躍しJ1復帰を果たす。
財政難の「コンサドーレ札幌」は2001年J1復帰を果たす。
同時に下部組織にいた若手の山瀬功治(現横浜Fマリノス)を抜擢、また今野泰幸(現FC東京)播戸竜二(現ガンバ大阪)の獲得など、少ない予算でありながらもチームを
まとめあげ「コンサドーレ札幌」は見事J1リーグ残留を果たす。
キリン・カップも岡田ジャパンがんばって下さい!!
東アジアサッカー選手権2008「日本×中国」山瀬功治ゴール!!
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/97302407
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック
今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。
http://blog.seesaa.jp/tb/97302407
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック