・マラドーナ転落の90年代から引退へ〜そして、彼は銅像になった。



ディエゴ・マラドーナ<バイオグラフィーイ>

マラドーナの献身的な活躍で1990年サッカー・ワールドカップ・イタリア大会は、アルゼンチンは準優勝を果たす。
しかし、準決勝で対戦したイタリアをくだした事により、マラドーナは愛すべきナポリ市民から大ブーイングを浴びることになる。
このことが、原因なのかコカインを常用するようになる。
コカイン使用が発覚して、15ヶ月間の出場停止処分を受ける。
そして、失意のうちに「ナポリ」を離れる。
1992年スペインのセビージャに移籍。
1994年のワールドカップ。アメリカ大会、当初アルゼンチン・チームはマラドーナを代表に召集しない予定であった。
なぜか?
太っていたからである。
しかし、マラドーナは減量に成功。
見事、アメリカ大会に臨むも、何と「ドーピング」が発覚してワールドカップから追放される。

1995年、マラドーナが最初に入団したボカ・ジュニアーズに復帰。
1997年の10月30日の誕生日に現役引退。
37歳であった。

ディエゴ・マラドーナ、まさに「絵」に描いたような「栄光」と「転落」の歴史であった。
サッカー界で王様「ペレ」の右にでるプレーヤーはいない。
「ペレ」はプレーの上でもプライベートも品行方正のよいお手本となるスーパースターである。
その対になるのが、マラドーナではなかろうか?
マラドーナは、身長が168cmと小柄で、決して足も長くない。
しかし、左足でボールをコントロールしながらドリブルするスピードは、信じられないほど速い。
以前のDFは今ほどチャージも厳しくは無いという意見もあるが、それはオフェンス側にマラドーナほどの選手がいないからではないか?
もたもたしているうちに、DFにチャージされる。
マラドーナDFを置き去りにする・・・。

引退後のマラドーナは、奇行、蛮行が目立った。
アルコール中毒で死にかかったりした。
しかし、そのプレーは永遠に色あせることはない!
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